彫刻家・建畠覚造さん 3

私が二年間あまりの製作助手を退任するときに、アトリエ近くの知人から紹介されたN大学の芸術専攻彫刻学科を卒業した若者に後を継がせた。建畠さんがN大学の彫刻科でも非常勤で教えていたこともあり、どうやら紹介された若者を知っているようだ。建畠さんとは相性が悪かったのか、長くは続かなかったようだ。そのあとは同じN大学から建畠さんが声をかけた若者が製作助手をする。

突然建畠さんから電話があった。それは、次の展覧会に作品が間に合いそうもないから製作請負をしてもらえないかという内容だ。建畠さんは当時引っ張りだこで、日曜早朝のフジテレビの番組「日曜美術館」とか地方美術大学の特別講師を数多く務めていたので、後任の製作助手では、かゆいところに手が届かない状態というか、まだ力不足なのか、とにかく展示会までに納得のいく作品に仕上げたくてもできない状態のようだ。建畠さんは、約6か月前までに発表する作品を完成させて、少なくとも3か月前までにプロの写真家に撮影をしてもらい、画廊が配布する小冊子を1か月前までに準備するというのがお約束である。そう大変几帳面なルーティーンを持つ彫刻家だ。作品の良し悪しはともかく私は彼の思考技術を凌駕するような推測に基づき作品を丁寧に仕上げていたので、私が補助できれば一安心なのかもしれない。今回は、よほどのことで連絡してきたに違いない。建畠さんは当時 「waving figure」シリーズが主力で、波打つ形状に執着していた。しかし、その波形は、作品により様々な波形があり、また構築形状により、最終塗装での表現に困難さがあった。建畠さんはおそらく詳しくは知らないだろうが、表面塗装の黒のつや消し比率がすべての作品で違うということ。それは、ウエーブの大きさが光の受け具合が違うため必ずサンプル曲面で試し吹きし、つや消し割合を調整してから本番塗装に臨んだことにある。そのため細心の注意を払い下地を完成させて、塗装を行うために徹夜での作業が当たり前。私も苦労のかいがあって習得した技術は、ゴムみたいな感じ、金属みたいな感じ、プラスチックみたいな感じを塗り分け、彫刻に最終的な命を授ける仕事ができるようになる。そのことをを建畠さんは感じていたのだ。私はこの技術を使い、次の展覧会まで彼の作品を請け負い製作をすることになる。

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