彫刻家・建畠覚造さん 1

建畠さんとの出会いは、大学で教授職をしていた石井厚生さんからの紹介だった。丁度大学院2年の10月ごろに建畠さんの製作助手をしませんか?ということで話を頂いた。今もわからないのはなぜ私に声をかけたのかということだ。大学院に入る時でさえ、大学で始末書を書き、成績もたいして良くない私にだ。何かたくらみがあったに違いないが、とにかく興味本位で建畠さんを訪ねてみることにした。建畠さんのアトリエ兼自宅は巣鴨にあり、地蔵通りから入ってすぐのところだ。大塚駅にもほど近く、巣鴨と大塚の間ぐらいの距離だ。とても上品で近代的な木造2階建ての建物。古くはあるが、斬新な意匠がとても素敵な家だ。庭の右手にはバラの木があり、奥さんが大層気に入っておられたのを覚えている。まだ大学院に籍を置いていたので、11月からアルバイトのような試用期間で通い始める。製作補助が単なる作業ではなく、建畠さんの思考技術を学ぶ時間へと変化していくのがなんとなくわかりかけていた。一番驚いたことにお正月は1日だけお休みで2日から建畠さんの製作が始まるということだ。それからは、成り行きで私も製作補助を申し出る日々が続いた。作業内容は、主に木材の木取り、接着後の下地磨きなどで彫刻を創るというより工場で家具を生産するようだ。大学院修了が迫り、3月に入り約一月ほどお休みを頂き、記念旅行ということで念願だったニューヨークへ渡った。目的は、アメリカの空気を吸うことと、イサムノグチガーデンミュージアムへ行くこと、そしてイサムノグチさんに面会することだった。その年がイサムノグチガーデンミュージアムの初めての開場であったが、事前に現地の友人の紹介でオープン前のイサムノグチガーデンミュージアムで本人にお会いすることができた。老齢の割には、眼光鋭く「この小僧」ぐらいの勢いで話しかけてくれたのが嬉しくてしょうがない。いろいろと話をしたかったのだが、自分からなかなか切り出せずじまいで、終始緊張して彼の顔を眺めていた。逆にこちらに向けられた彼の視線は、はるか遠くに焦点があるように感じる。すべてを見透かされているようで、極度の緊張で恥ずかしくなる。ともあれイサムノグチさんにお会いしてお話できたことは、一生の想い出となった。

東京へ戻ってからは、再び建畠さんのところでお世話になり、その後2年間建畠覚造さんの製作助手として没頭した。恵まれた人脈であるがゆえに建畠哲学を学ばなければ時間がもったいない。製作助手の内容も私の方からどんどんエスカレートさせていき、最終的には私が借りていた埼玉県川口のアトリエで、最終仕上げである塗装まで任せてもらえるようになる。建畠さんからも次作はどれにしたらいいのかという相談をよく受けた。建畠さんのデッサンを見させてもらい、私なりの考え方を伝えた。私の性分なのか、端材好きで、本来棄てられる素材をひそかに取り置きしていた。それが実に対する虚だと感じていたから、端材による再構成素材を何気なくアトリエに置いておく。そんなことを感じていただいたのか、数点の虚空間を利用した作品も建畠作品として日の目を見た。少しでも建畠さんに近づけた自分が誇らしかった。

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